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岡山地方裁判所津山支部 昭和45年(わ)28号 判決 1970年6月09日

主文

被告人山部秀美を判示第一の罪につき懲役六月に、判示第二・第三の罪につき懲役二年二月に処する。未決勾留日数中六〇日を判示第二・第三の罪の刑に算入する。

被告人池上正見を懲役三年に処する。

ただし、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

被告人池上正見から、押収にかかる果物ナイフ一本(昭和四五年押第六号の一)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

第一、被告人山部秀美は、阪田新吉、西川留平と共謀のうえ、昭和四四年二月一三日午前一時ころ、鳥取市東品治町一〇番地の一(犯行後の昭和四四年九月二六日町名変更により、現在吉方温泉町二七一番地となる。)所在のスナック喫茶店「こうづき」こと上月節也方において、居合わせた藤井光二(当時二〇歳)に対し、面を切つたと因縁をつけ、阪田が手拳で同人の顔面を数回殴打し、続いて被告人山部がビールの空瓶でその頭部を一回殴打し、さらに西川がその顔面を一回足蹴にするなどの暴行を加え、よつて同人に対し、加療約一五日間を要する頭部割創を負わせ、

第二、被告人山部秀美は、樽谷敏夫と共謀のうえ、同年一一月一〇日午後一一時四〇分ごろ、同市東品治町六番地の一〇(犯行後の前記町名変更により、現在、末広温泉町三〇一番地となる)所在のバー「洋酒天国」こと麻木安子方において、松本俊範(当時二一歳)の同僚が酔余過つて被告人山部の左耳後方に煙草の火を触れさせたことに因縁をつけ、右被告人ら両名が右松本の腕をつかむなどして階下のスナック喫茶店「四馬路」こと麻木安子方に引きずり降ろし、同店入口附近で、被告人山部が下駄で同人の頭部を一回殴打するなどの暴行を加え、

第三、被告人池上正見は、被告人山部秀美ほか三名の者とともに、昭和四五年二月二六日午前二時すぎごろから、津山市昭和町一丁目一五番地「つるや」ホテルに投宿し、同ホテル三階の「白鳥の間」(手前にバス、トイレ、次に四畳の間があり、その奥に八畳の間がある。)に泊まることになり、やがて同室の四畳の間で皆とビールを飲み始めたが、そのうち被告人山部らが奥八畳の間で就床するにいたつたのちの同日午前四時三〇分ごろ、内心非常に嫌いながら、ただ、事を荒立ててはとの思いから、被告人池上から頼まれるまま、やむなくそこに来ていた同ホテルの仲居水野春子(当時四七歳)を相手に飲酒中、酒の酔いも手伝つて劣情を催し、それまで立ち去る機会をうかがつていた同女が機をみてそこを立ち去ろうとするや、その右手首をねじつてその場に座らせ、「わしと別の部屋へ行こう。言うことを聞いてくれ。」と肉体関係を迫りこれを断わられると、このうえは、同女を強いて姦淫するほかなしと決意し、危機を感じた同女が同被告人の手を振り切つて逃げようとするのを、その手首をつかんでその場に引き据えたのち、右手拳で同女の左頬を左耳にかけて強打したうえ、腹巻に差し込んだ果物ナイフ(昭和四五年押第六号の一)の柄を見せつけながら、「ぶち殺してやる。わしはこうして持つとるんじや。わしにこれを使わせたいんか。」などと脅迫し、なおもすきをみて逃げようとした同女をその背後から両手でやくし、奥八畳の間に引き込んで押し倒し、うつぶせになつて必死に抵抗する同女を仰向けにかえすとともに、大声で助けを求める同女の口を手で塞ぎ、続いてその上半身を押えつけるなどの暴行を加え、右一連の暴行によつて同女に対し、左頬打撲・左関節部擦過創(全治まで約三日間を要する傷)、左側外力性中耳炎(加療約一〇日間を要する傷)を負わせたが、このとき、眠りにはいりかけていた被告人山部が右騒ぎで目をさまし、被告人池上の同女に対する強姦の意図を察知し、右傷害の点に気付かぬまま、被告人池上に加勢して姦淫の目的を遂げようと決意し、すぐそばに押し倒されている同女の下半身におおいかぶさつてそのズボン、下着などを引き脱がせ、ここに被告人両名は暗黙のうちに意思相通じて共謀のうえ、同女の反抗を抑圧して、まず被告人山部が強いて同女を姦淫し、ついで被告人池上が姦淫しようとしたがすきをみて同女が逃げたため、それを遂げなかつたものである。

(証拠の標目)<省略>

(確定裁判)

被告人山部は、昭和四四年二月七日鳥取地方裁判所で銃砲刀剣類所持等取締法違反、恐喝罪により懲役一〇月(ただし、四年間執行猶予、右猶予期間中保護観察)に処せられ、右裁判は同月二二日確定したものであつて、右事実は被告人山部の前科調書によつて認められる。

(法令の適用)

被告人山部の判示第一の所為は刑法第六〇条、第二〇四条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、判示第二の所為は刑法六〇条、第二〇八条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、判示第三の所為は刑法第六〇条、第一七七条前段に、被告人池上の判示第三の所為は同法第六〇条、第一八一条、第一七七条前段にそれぞれ該当するところ、所定刑中、被告人山部の判示第一、第二の罪につきいずれも懲役刑を、被告人池上の判示第三の罪につき有期懲役刑をそれぞれ選択し、被告人山部につき、同法第四五条前段および後段によれば、判示第一の罪と前記確定裁判のあつた罪とは併合罪であり、判示第二、第三の各罪はこれとは別個の併合罪の関係に立つから、同法第五〇条により、いまだ裁判を経ない判示第一の罪につきさらに処断することとし、判示第二、第三の罪については同法第四七条本文、第一〇条により重い判示第三の罪の刑に同法第四七条ただし書の制限内で法定の加重をし、右各刑期の範囲内で、被告人山部を判示第一の罪につき懲役六月に、判示第二、第三の罪につき懲役二年二月に、被告人池上を懲役三年に各処し、被告人山部につき同法第二一条を適用して未決勾留日数中六〇日を判示第二、第三の罪の刑に算入し、被告人池上については諸般の事情を考慮するとき、今直ちに刑に服させるより、むしろ一般社会において更正の道を歩ませるのが相当と認められるので、同法第二五条第一項を適用して、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、なお押収にかかる果物ナイフ一本(昭和四五年押第六号の一)は、判示第三の罪の用に供したものであつて、被告人池上以外の者に属しないものであるから、同法第一九条第一項第二号、第二項を適用して同被告人からこれを没収し、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項ただし書により被告人山部に負担させないこととする。

(被告人山部の判示第三の所為を強姦罪と認定したことについて)

検察官は、被告人山部の判示第三の所為は、強姦致傷罪を構成する旨主張するので、この点について以下に述べる。

一、前掲判示第三の事実についての各証拠を総合すると、判示第三の事実摘示のとおり、被告人山部は、その加担前に被告人池上が被害者水野春子に対し、同所記載のような暴行を加え、このため同女に対し、左頬部打撲・左関節部擦過創・左側外力性中耳炎を負わせたが、その時期に接着して、騒ぎに気付き、被告人池上の意図を察知すると同時に同被告人に協力して同女を強姦することを決意し、傷害の点については全く知らないまま犯行に加わつたものであり、右傷害については逮捕されてのち始めて知つたことが認められる。

ところで、先行者による犯行遂行途上からこれに加担した後行者の責任は、その加担後の行為についてはもとより、加担前の先行者の行為であつても後行者においてそれを認識認容して自己の犯罪行為の内容に取り入れ、これを利用しようとする意図が認められるときには、右加担前の行為についてもおよぶべきものといえるけれども、後行者が認識していないときには、その責任はこれにまでおよばないものと解するのを相当と考える。

これを本件についてみると、前記のとおり、被告人山部は、本件犯行に加担した当時被告人池上のその以前の暴行によつて生じている傷害の結果については全く気付いていなかつたのであるから、被告人山部に対しては、この点を含めた責任を問うことはできないものといわねばならない。

二、さらにまた検察官は、被告人山部は右加担後に、水野春子に対し、左臀部軽度上皮剥脱の傷害を負わせたものであり、従つて、いずれにしても強姦致傷罪が成立する旨主張する。

ところで、右に関しては、前記各証拠に医師赤堀和一郎作成の診断書を合わせ考えると、なるほど検察官主張どおりの右傷害が同被告人の加担後に発生し、しかもこれは、同被告人が前記被害者の下着類を脱がせた際に、同被告人の爪によつて生ぜしめられたものと推認することができる。

しかしながら、少なくとも強姦致傷ないし強盗致傷罪などにいう傷害は、その法定刑の重さからいつても、その傷害の程度において、日常生活上看過される程度の発赤、表皮剥脱などのたぐいであつて、これに対して格別の治療措置を必要とせず、極く短期間内に、具体的には数日内に自然に快癒する程度の極めて軽微な損傷は、厳密な意味においては身体の完全性を害し、生活機能に障がいを与えたものといえるけれども、今問題としている傷害にはあたらないものと解するのを相当と考える。

今これを本件の前記傷害についてみると被害者自身右傷害に気付かず、たまたま被害直後に腟内検査などをした前記赤堀医師によつて発見されたものであり、しかも、同医師成作の前記診断書によつても、当該傷害は爪などによる軽度擦過傷と思われる、との記載がある一方、これに要する加療日数はもちろん、全治に要する日数さえ記載がないのである。このような事情および同被告人の加担後における前記犯行態様などを合わせ考えると、右傷害は、さきにみた少なくとも強姦致傷罪などにおいていう傷害にはあたらぬ程度のものと認められるのであり、従つて、右傷害をもつて同被告人を強姦致傷罪の共同正犯として問擬することはできない。

なお、同医師作成の前記診断書によると、右傷害のほか、右診断時に腟内に双球菌が認められたこと、しかし、それは少数であつて、淋菌であるとは決定しがたい旨の記載があることが認められる。しかし、これをもつて、性病感染による傷害を与えたといえないことはいうまでもない。

結局、検察官の主張はいずれも採用できない。

以上が、被告人山部について、強姦罪の範囲において共同正犯が成立するものと認めた理由である。(和田功 重村和男 大藤敏)

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